ヘミシンクの公認トレーナーとして長年スピリチュアルに携わっていると
この業界の歪みや闇が、イヤというほど見えてきます。
こういう書き方をすると
スピリチュアル業界を批判しているように思われるかもですが
決してそういう意図はありませんので悪しからず。
とはいうものの、
このままだと、スピリチュアルは本当に終わってしまうのではないか
と思えてなりません。
今回はその辺について、少し真面目に考えてみたいと思います。
ヘミシンクは、特殊なサウンドによって特定の脳波状態へと誘導するテクノロジーです。
音と脳波の関係を利用し、特定の意識状態に入りやすくするために開発されました。
多くの人が誤解しているのですが、ヘミシンクそのものは音と脳波の関係を利用した音響技術であり、
それ自体にはスピリチュアルな要素はありません。
しかし、この技術を使って特定の意識状態(変性意識状態)に入ったとき、
人は時として不可思議な体験をします。
たとえば
- 深い一体感
- 通常とは異なる身体感覚
- 幻想とは思えない鮮明なイメージ
- 意識が拡張したような感覚
こうした体験を、一般的に「スピリチュアル体験」と呼びます。
私自身もこれらの体験を何度もしていますし、
こうした体験は誰でも普通にするものと思っています。
そして、こうした体験は本人にとっては「事実」だと思っています。
しかし、ここで重要なのは「その体験をどう解釈するか」です。
スピリチュアル体験と解釈は別のもの
ヘミシンクを用いることで、
人は比較的簡単に不思議な体験をします。
しかしながら、その体験が
- 心霊現象によるものなのか
- 脳の働きなのか
- 科学ではまだ解明されていない現象なのか
それを断定することは、現時点ではできません。
ここで多くのスピリチュアル言説が問題になるのは
体験と解釈が混同されてしまうことです。
たとえば
- 強い一体感を体験することで、自分は宇宙とつながった、と解釈する
- 鮮明なイメージを見ることで、これはきっと気分の前世を見たに違いない、と思う
- 身体感覚の変化を感じることで、体外離脱が起きた、と信じてしまう
こうした解釈は、可能性として語ることはできるかもしれません。
しかしそれを
事実として断定することはできません。
スピリチュアルの問題の多くは、ここにあります。
なぜスピリチュアルは怪しいといわれるようになったのか
多くのスピリチュアルで当たり前のように行われている、
- 根拠(確証)のない断言
- 他人の言うことを鵜呑みにしてしまう思考停止
- 不安をあおるスピリチュアルビジネス
こうしたものが「スピリチュアル」として広がってしまっています。
その結果、多くの人が
「スピリチュアルって怪しいんじゃね?」
「スピリチュアルって危ない」
これは残念なことですが、ある意味では当然の結果です。
現実を無視し「何の根拠もないことを断定的に語る言説」が増えてしまったからです。
スピリチュアルは本当に不要なのか
人間は、物質的な世界だけでは生きているわけではありません。
様々な出来事に意味を求め、自分の内面を探求し、人生について考える。
こうした思考体験は、ある意味でスピリチュアルなものです。
問題はスピリチュアルそのものではなく「スピリチュアルの扱い方」だと思っています。
スピリチュアルの終焉と再生
ここで言う終焉とは
スピリチュアルそのものの終わりという意味ではありません。
終わるべきなのは
- 無根拠な断言
- 思考停止
- 現実逃避としてのスピリチュアル
こうした「未成熟なスピリチュアル」です。
そしてその代わりに必要なのは「より成熟したスピリチュアル」だと思っています。
それは
- 不確実性を認める
- 科学と対立しない
- 個人の体験を尊重する
- しかし断定はしない
そういう姿勢です。
人任せな思考停止スピリチュアルを続ける限り
スピリチュアルに未来はありません。
それを続けていけば、
遠くない将来スピリチュアルは本当に終焉を迎えることでしょう。
そうならないためにも、
私たちはスピリチュアルに関する解釈を
他人任せにするべきではありません。
体験と解釈
どちらもあなた自身で結論を出す。
そうしてはじめて
スピリチュアルは成熟したものとなります。
多くの人がそのことを自覚するようになったとき
新しい「成熟した」スピリチュアルが再生される。
私はそう思っています。








