人はなぜ忖度するのか

人はなぜ忖度するのか

忖度。

相手の気持ちを推し量ること、と辞書を引くと出ています。

人間関係において相手の気持ちを推し量ることは重要なことです。

重要なことですが、多くの場面ではそれが度を超えてしまっている・・・私にはそう思えてなりません。

こんなことを言ったら相手は気分を害してしまうだろうか?

そんな思いから相手に発する言葉は、あなたのホンネとは裏腹に耳障りの良いものになります。

その結果、自分の首を絞めるなんてこともしばしばですよね。

私は忖度しない・・・とは言えません、忖度してしまうことも多々あります。

でも私は忖度する相手を選びます。

本当に大事な人には決して忖度しません。
忖度ではなく「言葉」を選びます。

こう言ったら相手はどう思うか、それを考えたうえで相手が気分を害さないような言葉を選んで伝えるよう努力しています。

本来忖度ってそういうものだと思うんです。

相手の気持ちや顔色をうかがうあまり、言うべきことを言わずに相手の機嫌を取るというのは本末転倒です。

言うべきことはちゃんと言う。

ただし相手のことを慮って言葉や言い方には細心の注意を払う。

これこそが本来の忖度。

それが出来ない相手というのは、そもそも互いの関係性から何かが生まれることはありませんし、それを期待することもありません。

ただその人と一戦を交えるのが嫌だから、テキトーに言葉を濁して機嫌を取っておく。

いますよ私にもそういう「うわべだけの付き合い」の相手が。

でもそんな相手には私はなにも期待していませんし、こちらからも何かを供するつもりはありません。

で、ここであなたに質問です。

そんな相手、必要?

まあ人間関係というのはカンタンに切ったりはったり出来るものでもありませんから、要不要だけで関係性をどうにか出来るものでもありませんよね。

でもそういう関係性のほとんどは、あなたとの間に「上下関係」が生じていませんか?

人と人ですから、本来は上も下もないのですが、でもそうも言っていられないのが今の世の中。

だからこそ、そんな人間関係に一喜一憂するのは馬鹿らしいなと。

そういう相手には何の躊躇もなくおべんちゃらを使いますし相手の機嫌を取るための美辞麗句を並び立てます。

だって自分にとって不要な人間関係ですから。

社会通念上、カンタンに切り離せない相手だからテキトーにあしらっている、ただそれだけです。

相手が自分のことをどう思おうが、それは相手の問題であって私の問題ではないのですから、そんな相手のことで自分の気を揉むなんてバカバカしい限りです。

ですから、もしあなたが私から聞こえの良い美辞麗句を並べ立てられたとしたら、それはつまりそういうことです。笑

自分の心を割くのは、自分にとって大事な人だけで十分です。

 

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